博士のシュールで妖しい世界へようこそ


by hiralin1951
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金と力の街

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以前、N.Y.のことをあまり好きではないと書きました。
それは印象を一言で言えば、金と力の街という感じだからです。
実際、女性に対してもアピールするものがないと、恋愛の対象にならないという雰囲気です。お金持ち、地位・名声がある、体格が良い、ルックスが良い・・・・・・。分かりやすくアピールするものを求められる。ある女性に言われました。“あなたは何をアピールできるの?”・・・・・・・・
映画もそうです。ビジネスとしていかに大きく金にできるか。そうなるとエンタテイメントが一番です。人間を描くというヨーロッパの映画作りとは異なります。
人間として内面がいくら良くても、それが世間に通用するものとして具体的でないと駄目なのです。N.Y.はそれが顕著だったのかもしれません。
当然、お金は持っているが教養も品もない、と嫌うヨーロッパ人も数多くいます。金で横面叩いて力でねじ伏せるみたいな感じですね。実際かなり野蛮な部分もあります。現大統領は、そういった体質の象徴的な存在に感じられます。
そういうことがある程度分かってきた時に、N.Y.を脱出すれば良かったのですが、いろいろ事情が出て来てしまって。その後に計画していた世界一周するための資金を稼ぐためには良い所であり、女性のこともあり、また英語がもう少し話せるようになりたいなど、なかなか抜け出せませんでした。

注:正月なので写真はお目出度い感じにしました。ご利益がありそうな美尻です。

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by hiralin1951 | 2006-12-30 23:49 | ニューヨーク

自分の世界

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前回のようなことを言ったのは、私自身もこういう時期があったからです。私は写真を使う作家で、受けるというか、みんなに良いと言ってもらえる作品にこだわる時期がありました。しかし、人の感覚は十人十色、人によって言うことや評価が違います。感覚の世界は数値化できないので、評価することが難しい。自分の感覚を信じてないと、いろんな人の意見に惑わされます。そうなると自分本来の良さはどこかへ行ってしまう。悪い評価をされても、そういう意見もあると参考にする程度で良いと思います。
オリジナリティのある自分の表現を見つけていくことは、困難な部分もあります。でも表現者である以上、その努力をしていかなければならない。自分の世界はこれだというのがあれば、年齢や環境、あるいは評価にこだわりなく、熱意を持って作り続けていけると思います。もちろんその延長上に評価が付いてくれば、より良いわけですが。

■心がよろこぶことをやりなさい。それが正しい道なのだ。(アメリカインディアン)

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by hiralin1951 | 2006-12-24 21:45 | アート
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デザイナーとアーティスト、どのように違うのだろうか。
わたしはシンプルに次のように定義している。
デザイナーは生活を豊かにするためのアイデアを形にする人。
アーティストは心を豊かにするためのアイデアを表現する人。
大きく違うのは‘誰のために’というところではないだろうか。
デザイナーは消費者やお客の要望を満たしてあげることが基本です。つまり第三者が本位です。対してアーティストは自分のオリジナリティを売りにします。
人に気に入られる、あるいはどうしたら売れるかと考えるアーティストがいます。気持ちは分かりますが、そう考えているうちは自分本来の良さは表現できないでしょう。人が何と言おうと自分にはこれしかないというところにしか、その人の持つ良さは現れてこないと思います。そうして個性を自分に合ったスタイルで表現できた時に、作品が強さを持ち人に良さが伝わるのです。個性を突き詰めた先に鑑賞者がある自己本位なところがデザイナーとの一番大きな違いと考えています。
世の中にはデザイナーとアーティストを取り違えているケースが多々見受けられます。自我を強く押し出してしまう勘違いデザイナー。受ける作品を日夜考えている勘違いアーティスト。お互い気を付けましょう。

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by hiralin1951 | 2006-12-20 20:15 | アート

年齢

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かなり前のことになりますが、N.Y.に住んでいたことがあります。
いろいろな理由があって住んでいたのですが、それほど好きな街ではありません。でも良い意味で大きく影響を受けたこともあります。年齢を気にしないということもその一つです。
一番印象に残っているのは、一人のストリートパフォーマーです。その白髪の混じった初老の黒人女性は、地味な服を着てギターを弾きながら歌っていました。弾き語りではなく、シャウトするように歌い、激しくギターをかき鳴らしていたのです。上手くないのですが、気にする風でもありません。日本ではあり得ないその光景に驚き、しばらく見ていた覚えがあります。
それ以外にもおじいちゃんのローラースケーター。ウォークマンを付け、音楽に合わせて踊り滑る姿は優雅でした。腰が曲がり杖をついたおばあちゃんの真っ赤なショートパンツ姿。太って頭の禿げたおじさんのモダンダンス。彼は大汗をかきながら必死にみんなに合わせていました。
人の目を気にしない人たちの楽しくなるような様々な光景。
迷惑をかけなければ年齢に関係なく何でもやるという精神は、当時の私には非常に新鮮に映ったのです。

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by hiralin1951 | 2006-12-15 20:22 | ニューヨーク

野生の力

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「プリミティヴズム」展が与えた衝撃は、かなりなものがあったらしく、現在同じような展覧会を開くことは困難だと言われています。
他にも気づかされたことは多々ありました。一つは技術の問題です。原住民の人たちが作ったものは、満足な道具もなく“なた”1本で作ったようなものがほとんどです。それでもアートとして力強くすばらしいものを生みだしている。私は美術の学校に行っている時、技術的な部分を中心に勉強していました。もちろん基本的な技術がないと制作できない分野も多くあります。しかし、本質の部分では関係ないということを強く感じさせられたのです。
子供の絵は下手ですが、自由奔放に描いて生命力にあふれています。大人の絵は上手いのですが、良く見せようという意識が働いて子供の絵ほど生き生きしていません。子供の絵は下手だけど良いのです。大人の絵は上手いけれど子供の絵ほど良くありません。“上手い”と“良い”ということはまったく別のものだったのです。ピカソはそのことに気づきました。10代の頃の写実的で技術的にすぐれた絵から一転、下手な絵になりました。そうすることで生き生きとした生命力を獲得したのです。そうしたピカソでも、アフリカの人たちの作ったものには太刀打ちできませんでした。やはり未開の森林の中で育った人々の野生の力にはかなわなかったのではないでしょうか?

注:技術的に下手な作品を制作する大家(例えばピカソ)を評して、基礎があるからこそこういった作品もできるという人がいますが、関係ありません。基礎があっても良くないものはよくないし、基礎がなくても良いものは良いのです。

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by hiralin1951 | 2006-12-11 22:56 | アート

続・好きな映画

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話を好きな映画に戻します。「ブルー・ベルベット」「田園に死す」「ベティ・ブルー」「マレーナ」「赤目四十八瀧心中未遂」などが上位に来ます。
「シティ・オブ・ゴッド」「ポワゾン」「トレイン・スポッティング」などがこれに続きます。このあたりの映画の感覚がブログにUPしている写真にも影響を及ぼしています。倒錯した性と暴力そして麻薬、世の中から外れた人々の話がほとんどです。自分の中にもこのような要素を色濃く持っていることは分かります。ただ現実にはブレーキをかけ、映画のような展開にはなりません。こういった映画を見ることで、欲望を昇華させようとしているのかもしれません。人間の闇の部分を描く映画に心惹かれてしまうのです。

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by hiralin1951 | 2006-12-07 21:33 | 映画

プリミティブ・アート

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前回、作品の持つパワーとかアートの本質という話をしましたが、そう いったことに気づかされた経験があります。1984年、MOMA(ニューヨーク近代美術館)で「プリミティヴズム」という展覧会を見る機会がありました。そこにはピカソやマティス、ジャコメッティ、ゴーギャン、ブランクーシなど近代美術の大御所の作品と、名も無いアフリカや南太平洋の島々の人々が作った仮面や彫刻が比較するように並べられていたのです。ピカソやジャコメッティがアフリカン・アートから影響を受けたということはよく知られています。でもこれだけ多くのアーティストが影響を受けていて、なおかつ本当によく似ているのは驚きでした。
そこで繰り広げられていたのは、美術界の大御所の作品がことごとく無名の人たちの制作したものに、圧倒され力負けしている現実でした。祭祀や呪術で使用するものとして作られたそれらは、生気に溢れ異様で強烈なエネルギーを美術館の中に放っていました。展示されていた有名な美術家たちはみんな亡くなっていたのですが、生きていたら青くなっていたことと思います。それはある意味、ネタバラシをされてしまったようなものだったからです。その時に思ったのは、アートの良し悪しというのは有名無名に関係ないということでした。・・・・・・・

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by hiralin1951 | 2006-12-05 23:41 | アート

ダイアン・アーバス

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ディビッド・リンチが好きで、アメリカまで旅行に行った女性は「ダイアン・アーバス」という女性写真家も好きです。私と感性が非常に近いです。好きが高じて彼女は「ダイアン・アーバス」についての研究論文もいくつか発表しています。アーバスの写真集を見ると、何か言いようのない不気味な感覚あるいは狂気があって、その魅力に引き込まれてしまいます。作品自体にパワーがあると、そういうものでしょうね。アートの本質に触れる部分だと思います。アーバスは1971年に自殺しました。彼女自身も狂気を孕んでいたのでしょう。狂気が狂気を呼ぶというか。翌年、MOMAの展覧会で伝説の写真家となります。まだ見たことのない人は一度目を通してみることをお勧めします。

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by hiralin1951 | 2006-12-02 22:02 | 写真家

好きな映画

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誰しも、好きな映画、影響を受けた映画というのはあると思う。
私の場合、影響を受けた映画監督というのは多くいるが、敢えて挙げるとすればディビッド・リンチと寺山修司だろう。それぞれの視点から性というものに対して積極的に表現することを試みている。人間の営みの中において、性に関わる問題は非常に大きい。そう思っているので、性がメインテーマの映画は好きです。それに暴力が入っていればより良い。「Sex and Violence」ちょっと危険ですね。(笑)
ただ、普通の描き方ではつまらない。その辺りがディビッド・リンチは秀逸で、世界中にマニアがいるのも頷けます。私の職場にも1人います。彼女は「ツイン・ピークス」のロケ地を見るためにアメリカまで行きました。すばらしいですね。

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by hiralin1951 | 2006-12-01 21:06 | 映画